Covid-19が流行り始めて以来ぽつぽつと感染症の本を図書館で借りて読んでます。いま借りて読んでいるのはこの本。
読後感、じゃなくてまだ読んでるので「読中感」としては、『バッタを倒しにアフリカへ』を思い出します。使命感に燃える白衣のお兄さんが科学を武器に謎多き敵(前野ウルド浩太郎さんはバッタ、この本の著者であるアリさんは感染症)と取っ組み合って生きてきた日々を本人の言葉で時にユーモラスに大いに語る、という本。真面目一辺倒ではなくて情けないトホホ話なんかも交えて書いてくれているのでどんどん読めます。
第五章の主題は2001年9月に発生した炭疽菌連続送りつけ事件の顛末。
ちょっと手についただけでえらいことになる、くらいのことは私も当時のニュースで見て知っていたのですが、菌のしぶとさについてはこの本を読むまで知りませんでした。以下抜粋。
“米国で近年発生する患者は伝統的なドラムの奏者であることが多い。そうした奏者らは獣皮でできたドラムの皮をアフリカから入手しており、実はその獣皮が感染していて、ドラムを叩くたびに芽胞が空中に放出されているのだ。”
(『疾病捜査官』p.132より抜粋)
この記述を読んで、昔読んだこの本を思い出しました。
ある奴隷商がジャングルの奥地で立派な太鼓を演奏している原住民に出会い、殺して太鼓を奪います。その太鼓をお土産に持ち帰った時から奴隷商人とその一族には次から次へ、これでもかと不幸が降りかかることに。
不気味な不運の乱れ打ちが一切の文字情報無しに、黒々とした版画だけで次々に物語られる陰鬱なグラフィック・ノベル。
この奴隷商人の一族に降りかかった一連の不幸には炭疽菌を思わせるものはたぶん無かったと思いますが(昔読んだきりなので未確認ですが)、この物語を著者リンド・ウォードに閃かせるような「持ち主に死や病をもたらす太鼓」についての噂ないしは伝説が、もしかして実際にあったのかもしれない。しかもそれは事実に基づいた噂だったかもしれないんだ、と『疾病捜査官』を読んでいて思ったのでした。
持ち主とその周囲を次から次へと病死させる太鼓なんて、炭疽菌の発見以前にはそんな太鼓は「呪われた太鼓」としか考えられなかったことでしょう。
しかし呪いよりも怖いのは、炭疽は炭疽菌が発見されて原因が分かったからもう安心、という病気では今のところないらしいという事実。
“十分なシプロフロキサシンを飲ませれば、患者が死ぬことはない。しかしここで「十分」というのは、シプロフロキサシンを60日間服用し続けることであり、副作用としてアキレス腱断裂の可能性もある。”
(『疾病捜査官』p.119より抜粋)
こんなのがそのへんの地面に普通に埋まって生きてるなんて。よく私たち生きてられるもんだなあと思います。