羊の時刻

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岡谷市のイルフ童画館。

 数年前にその存在を知って以来いつか行きたいと思いつつただ憧れるだけだった『イルフ童画館』に、昨日やっと行けた。大正から昭和にかけて『コドモノクニ』や『キンダーブック』などの児童向け媒体で鬼のように猛烈に活躍した童画作家(の、ほかにもいろんな顔を持つ人)武井武雄の魂を今に伝える資料館。

 

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 建物の入口前には武井武雄の著作『ラムラム王』の本の像が。
 本に登場するキャラクターの立像なら日本各地あちこちにあるけど(深大寺ねずみ男とか、亀有の両津勘吉とか)、本そのものが像になってるのは珍しい。このヒネリの効かせ方が武井武雄っぽくて良い。まわりに散らばってる金色の金平糖もファンにはキュンと来る(金平糖の中から転げ落ちたりもしたと言う、武井武雄の幼少時からの想像上の友達については館内でナビゲーターを務めるラムラム王が直々に教えてくれた。王は情報端末の中に居られます)。

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 館内には武井武雄がライフワークとして刊行し続けた《刊本》(これは武井武雄の造語。もともとは「豆本」と呼ばれていたのだけど、通算42作品めから《刊本》と改称。このへんの事情は武井武雄『本とその周辺』に詳しく載ってる)の現物のほか、ステンドグラス、陶芸品、童画(これも武井武雄の造語)、版画、年賀状、のし袋にさらさらっと描いた可愛いイタズラ描きに至るまで、ひとつの媒体に縛られることの無かった武井武雄の縦横無尽な創作力の産物たちが大切に保管されて展示されていた。

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 中でもやっぱり別格だったのは「本の宝石」とも呼ばれる《刊本》の数々。同行した家人はもともと武井武雄にはさして興味が無かったのだけど(熱中症体質の私を心配して一緒に来てくれた)、刊本の実物を見たら目つきが変わって自主的に情報端末の前に陣取り画面の中のラムラム王に直々に武井武雄の生い立ちから教えて貰っていた。ファンでもなんでもない人をひと目でここまで引きずり込むなんて。武井武雄の刊本の持つ魔力の威力を目の当たりにした思いがする。

子供の眼の前を素通りするキレイな画というだけなら別に問題もないし、子供と呼ばれる時期の時間を消費する為の娯楽対象で済むのだが、幼い魂の奥底まで喰い入ってこれを呼び醒まし、育て、希望を持たせ、大人になってもまだ執拗に喰いさがっていようという為には、これこそたった一枚の切札があるだけ、それが「人的感応」である。
(中略)
 刊本の世界も同じ事で、事芸術に関する限りこの人的感応はいつも最後の切札としてついて廻っている。人と魂の繋りがもてないようなものはまず娯楽雑誌級という処だろう。心の迫力、エスプリのない本は唯印刷された紙である。
(武井武雄『本とその周辺』中央公論社 p.139-140より抜粋) 

 
 ミュージアムショップの武井武雄のパネルの前には金色の紙で作った王冠がふたつ置いてあって、一緒に写真が撮れるようになっていた。ふざけた格好でまじめな顔して写ってる武井武雄、誰かに似てると思ったら内田百けん(漢字が変換されない)だ。

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 ショップでは「端から端まで全部くれ」と叫びたいのをこらえて、復刻版《イルフトイス》の『紙屑の神様』を買った。家人はセンダック『かいじゅうたちのいるところ』のマックス坊やのぬいぐるみを購入。「かいじゅうのぬいぐるみは買わないの?」と訊くと、なんかこれはおれはしっくり来ない、なんか違うと思う、と言うようなことを頑固な顔で言葉少なに答えていた。武井武雄の完璧主義が伝染ったのかも。

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『紙屑の神様』の組立作業はなかなかかなり大変で、手が痛くなって半べそをかいたりもしたけれど大人ふたりの腕力をもって力ずくでどうにか完成させることができた。この先これを買う予定のある人はゴムハンマーと小さめの角材、あとは革手袋をふた組買っとくといいと思う(色塗り用に赤と黒と白のアクリル絵の具もあるといいかも。うちには無かったのでポスカと油性ペンで代用)。

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 イルフトイスと言うのはこれも武井武雄の造語で、イルフとは「古い」の逆でつまり「新しいtoys(玩具)」という意味。武井武雄が自らデザインして年に一回、八年間にわたって展覧会を開催し続けた「イルフトイス」、その実物は戦火で失われてしまったそうなのだけど、残された設計図や創作メモを手がかりとしてイルフ童画館岡谷工業高校が力を合わせて蘇らせたのがこの復刻版イルフトイスなんだとか。
 ほかにも『Rデコ』や『月の神様』などが復刻されていて、全部欲しかったけど財布の都合上我慢した。次行ったときどっちか片方買い足そう。作るのが楽そうなほうを。

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 外箱に貼ってある武井武雄デザイン画の説明書きによると、「どんな紙屑を入れてもこの神様は罰をあてない」。これは是非とも私には必要な神様だと思ったから頑張って組み立てた。
 そして組み立て終わってみて気づいたのだけど、これってもしかして「くずかご」だから「加護」がある、というだけの単なる駄洒落なんだろうか。

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